ジンさんたちは猪を下ろすと、大きな作業台に仰向けに載せて固定してから、腹の中心に沿って縦にナイフを入れていった。そして柄の長い頑丈そうなハサミで、「両脚の間のY字型の骨」(骨盤か?)を切り割った。ハサミは、太い枝を切るための園芸用らしい。このハサミはその後も要所要所で活躍していた。腹を下まで全部開けると、膀胱の辺りを押さえて黄色い尿を絞り出す。尿が肉にかかると臭くてかなわないから、先に抜いておくのだと言う。便も出てきた。水を頻繁に使い、きれいに流していく。それから内臓を出す。
猪と人間とは基本的に内臓の構造が同じだ。猪の親戚筋の豚は、身体の構造や機能に関して犬よりも人間に近いらしく、薬剤や医療機器の安全性と有効性を調べるために、動物試験でよく使われている。先日わたしが翻訳した文書(イタリアでも仕事! 生検機器テスト報告書の和訳)でも、豚2頭を使っていた。
猪は気道を切り離した後、内臓を丸ごと尻側に吊り下げ、きれいに洗う。心臓(ハツ)と肝臓(レバー)は食用になるから、取り出して別に置いておく。ジンさんが心臓を切って洗うと、4つの心房・心室がよくわかった。人間と同じだ。
肝臓には胆嚢(たんのう)がついていて、「ここは苦いのよ。珍重する人もおるけどね。ほら、熊の胆(い)って漢方薬の材料でしょ」と言いつつ1人が取り除いた。それを見ていると、わたしは魚の胆嚢を思い出した。
イタリアで握り寿司の講習会を開いていたころ(ミラノで乳がん切りました/一章)、チヌや鱸(すずき)をさばくと、肋(あばら)骨の下の肉に黄緑色のシミがついていることがあった。苦いので、このシミは必ず取り除く。何なのか長い間不思議だったが、そのうちわかった。胆汁のシミである。人が嘔吐し続けると、やがて胃が空になって緑がかった苦い液しか出てこなくなるが、これも胆汁、つまり肝臓が胃に分泌する消化液だ。魚の内臓も人間とよく似ているのだ。
猪の捕獲・解体の見学 全 はこちらから
No Comments