Monthly Archives 9月 2020

田靴(たぐつ)

各月のしおり 自然・動物・農業

別名、「田植え用長靴」。フツーの長靴との一番の違いは素材が薄くて柔らかいことで、簡単に折り曲がり、履(は)くと足首から脛(すね)にかけてピッタリくる。上の端はゴム生地で、水が中に入りにくく、足先は親指が分かれていないタイプもある。

結婚したてに旦那の実家で初めて見た時には「?」と思っただけ。この田靴(たぐつ)の真の価値がわかったのは、数年前に引っ越して自分が実際に湿田に入ってからだった。

わたしは稗(ヒエ)を刈るため、フツーの長靴で稲刈り前の田に入った。入ったところは地面が堅く、楽に歩けた。ところが斜面の下に近づくとじるく(地面の水気が多く)なって、とたんに足が埋まり始めた。進んでいくと、ゲゲッ、ふくらはぎの半ばまで足が埋まるではないか。

そして、埋まった足が抜けないっ。

かかとが地面から浮いて靴の下に空気か水が入らなければ足は抜けないのだが、これがフツーの長靴では無理。下手にエイヤっと力を入れて足を引っこ抜こうとすると、バランスを崩して前に両手をつくか、後ろに尻もちをつくかで泥だらけ。四苦八苦したあげく、やっとのことで脱出した。

その話を近所のカンさんの奥さんにすると、「ハハハ、私もよ」と笑われた。彼女は関西の非農家出身。中年になってから旦那の実家に引っ越し、生まれて初めて田んぼに入ったところはわたしと似ている。

「最初ぁね、どうやっても足が抜けんけぇ、田んぼの中に長靴を置いたまんま、はだしで家に帰ったのいね」

「長靴はどうしたん?」

「後で拾いに行ったいね。旦那の田靴借りて」

そこでわたしも旦那の田靴を履いてみると、おー、さすが、湿田でも足がスッと抜ける。

田靴って、スゴイ。先人の知恵だ。