秋になると、毎年一度は銀杏(ギンナン)を食べずにはいられない。
あの強烈な悪臭を放つ実の中に、こんなおいしいものが潜んでいるのは自然の妙と言うべきか。
殻を割るのには、アメリカで買ったこのシンプルな道具が一番。たぶん元々はクルミ割り用だろう。銀色の2本の棒のつなぎ目近くに銀杏をはさみ、両方の端を握るとバネが効いてわずかな力で殻にヒビが入る。
薄茶と灰色が半々の薄皮を剥(は)ぐと、翡翠のような早緑が美しい。口に入れてまずモチモチとした歯ごたえを楽しんでいると、わずかに苦味の混じる独特の甘味と香りが広がってくる。熱々が断然うまい。辛口の日本酒が合う。
秋だねぇ。
日本だねぇ。
ところが、調子にのって大量に銀杏を食べると大変なことになる。
数年前の秋、夜中に強烈な腹痛と下痢に見舞われた。ウンウンうなりながらトイレに入ったり出たりを繰り返しているうち、妙なことに気がついた。その晩は冷えこみがきつかったのに、薄い寝間着1枚でトイレに座っていて寒気を感じない。熱が出ていたのだろう。
おまけに、しばらくすると目の前のトイレの扉や壁がなんだか変な感じに見える。何だこれは? と試しに片目を交互につぶってみると、右目をつぶっても普通に見えるが、左目をつぶったら目の前が真っ暗。つまり右目が見えなくなっているではないか。
こ、これはヤバイ!
目が見えなくなるという人生初の異常事態にあせりまくったが、幸い、3分ほどで右目はまた見えるようになった。翌朝亭主殿に告げると、「 銀杏には毒があるんだよ。 あんたウマイウマイと喜んで、30くらい銀杏を食べたじゃろ。食べ過ぎ」
さすがに懲りて、以来、銀杏を食べるのは一度に20個までに我慢している。