この樫(かし)の木は義父が30年前に植えたものだが、太い根が張ってきて「すぐそばの家の土台が傾くといけない」と亭主殿が言いだした。わたしはここに木がある方がいいと思っていたのだけれど、木より家の方が大切だ。
「じゃぁ切ろうか、わたし木を切るの大好きだし。1時間くらいかければ鋸(のこぎり)でもなんとかなるでしょ」と例のごとくわたしが提案すると、
「そりゃとても無理だよ。チェンソーがないと」と亭主殿が笑う。
「チェンソーってウチにあったっけ? わたしにも使える?」
「裏の墓のそばのどんぐりの大木を切ったのがあるよ。エンジンがかかりにくいけど、なんとかしてあげる。燃料の混合油も買ってこよう。あんたにも使えるんじゃない?」
農家にはいろんな道具がある。まさか自分がチェンソーまで使うなんて思いもしなかったが、できるものならやってみたい。幸いこのチェンソーは刃が短く、扱いやすそうだ。
いざ、初体験。
おー、よく切れる。とてもかんたん。
樫は「堅い木」と書くとおり、木が硬い。「堅木(かたぎ)」とも呼ばれ、亭主殿の叔父によると「堅気」と同じ発音だから、「樫の木が植わっている家はヤクザではありません」という意味にもなるらしい。
その堅い木でさえ楽々切れるのだから、チェンソーは大したものだ。文明の利器だねぇ。
木の上の方から順に4回に分けて枝を落としていき、根元まで切ったら太い幹には椎茸の種菌を植えつける予定だ。堅いだけに幹は重い。二人して持ち上げて一輪車でゴロゴロ裏の畑まで運ぶ。枝は燃やすため休耕田に持っていく。
1時間もたたないうちに一件落着。あー、スッキリ。