人間が音を聴くのは耳だ。耳以外の場所で音を「聴く」ことはできない。
しかし音は空気の振動だから、耳以外の皮膚や骨、内臓でも音を「感じる」ことはできる。特に打楽器の場合、近距離にいると、バチが太鼓の革を打った瞬間、明らかな空気の衝撃を皮膚でも身体の中でも感じる。
茨城での7月の夏祭に向けたお囃子の練習中、部屋の中で大太鼓が低くドーンドンと鳴ると、わたしの身体中の皮膚が太鼓の音に合わせて震えているのがわかる。これが小太鼓のトコトンや、もっと小さい鼓(つづみ)の少し甲高いチャチャコッコだと、もっと狭い範囲の皮膚や骨が鋭く音を受け取る。
不思議な感覚だ。
人間の感覚は「見る」「聞く」「嗅ぐ」「味わう」「触れる」の5つらしい。ならば、この皮膚で空気の振動を感じるのは、いったいこの五感のどれに当たるのだろう? 皮膚で風を感じるのと似て、「触覚」の一種だろうか?
たぶん他の生きものと比べると、人間の皮膚の感覚は鈍いんだろうと思う。人間は視覚に頼っていて、聴覚や臭覚は犬猫ライオンの方が圧倒的に鋭い。いっぽう、魚なんぞは「側線」というところで水圧の変化、つまり水流や他の魚の動きを感じているらしい。そうすると、この空気の振動を皮膚で感じるなんて、人間にとってはとても原始的な感覚なのかもしれない。
そんなことを考えつつ、気がつくと、竹笛が奏でる「麒麟(きりん)」や「小三切(こさんぎ)り」のメロディを一年ぶりで聞きながら、「こうだったっけ?」と一生懸命リズムを思い出し、大小の鼓を右手と左手の竹の棒で叩いている。頭の中には音しかない。雑念は全部きれいさっぱり消えて、「無になる」とはこれかと思うくらい快い。
祭は近い。