この洗面器は、玄関ポーチに置いた犬の飲み水入れ。出がけに娘がふと見ると、中で何か動いている。
「え? ネズミ!?」娘は驚いてしゃがみ込み、観察した。
「浮いてる~。顔だけちゃんと水から出してるし。泳いでるじゃん」
娘はソッコー写真を撮ってわたしに送ってくれた。
「そのネズミ、どんな泳ぎ方してたん?」とわたしが尋ねると、「それがね、犬かきなんよ」と娘は笑う。「腕を上下に動かして、足はバタ足」
「あんた、小さいころやってたよね」とわたしがからかうと、
「ネズミが、犬かき」と娘は笑いころげる。
犬の泳ぎ方だから人間がやっても「犬かき」と呼ばれるが、猫も馬も象も泳ぐ時は「犬かき」ではないか? いつも地面を歩いている四つ足動物が水につかると、自然にやってしまうのが「犬かき」なんじゃないかと思う。歩く動作に一番近い。
考えてみると、陸の哺乳動物はふだん足を開くという動作をあまりしていない気がする。猿が座る、犬がオシッコする、猫がお尻を舐める時のように、股関節を開いて足を横向きに動かすことがないわけではないが、前後方向の動きの方が圧倒的に多い。そうすると、股関節を開いて閉じながら足の裏で水を蹴る「平泳ぎ」は、人間が蛙(カエル)を見てなるほどと感心し、いっしょうけんめい真似して生まれた「蛙泳ぎ」なんじゃないかと思う。
「で、あんたそのネズミどうしたん?」
「ん? 尻尾つかんで持ち上げて、たらいの外に出してやったよ。胴体持って噛まれるのイヤだったからね。ネズミはちょっとブルブルって身体振って水をはじいたけど、犬ほど上手じゃなかった。で、サッと逃げてった。……それにしても、ネズミって泳げるんだね!」
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