残念ながら、この猪はわたしが捕ったものではない。師匠のジンさんの猪の解体で知り合った、コハミちゃんという友だちの獲物だ。「解体の手伝いに来てくれ」と頼まれ、わたしはホイホイと橋を渡って島まで出かけた。
今年は「豚熱」という流行病が野生の猪にも広がり、ジンさんでさえ「例年の1割しか捕れん」と言う。わたしの3つの罠にも猪が来た形跡がほとんどない。仕事が忙しくてジンさんの解体にも行っていないから、猪肉も食べていない。彼女の誘いは渡りに船だった。
コハミちゃんが猪を捕り始めたのは、近所のババ様たちが畑を猪に荒らされて気落ちしていたのがきっかけだと言う。しかし、猪を捕り始めてみると、「猪を殺す人間の方がヒドイ」と思うようになった。
実際わたしも、野生動物は、人間が原野を開拓して使う前から、そこに住んでいたのだと思う。動物が先住者で、人間は後から来た侵入者だ。なのに、人は自分に不都合な動物を「害獣」と呼び、殺している。人間の勝手としか言いようがない。
そうなんよ、とコハミちゃんも同調する。「駆除して埋めるだけだと、猪ちゃんに申し訳ないから、解体するようになったん。生まれてきてくれてありがとう、せめておいしくいただくねって、できるだけ全身を料理するよ」。
猪の鼻をナンプラーとココナッツミルクで煮たものを、以前わたしもご馳走になった。モチモチの柔かさで、なかなか美味だった。
「でもね、その猪の被害にあったババ様たちに肉あげて、これでこらえて、って言うと、あんなゲテモノ、とか猪殺して楽しいの? とか眉しかめられてねぇ。なんだかな~」とコハミちゃんはため息をつく。
負けるな、コハミちゃん。まどかがついてるゾ。
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